第26回:公認心理師の「思考や見立て」を学んだエージェントは作れるか
マニュアルには書けない「現場での見立て」
前回は、事業所のルールや緊急対応といった「文章化されたマニュアル」を、PDFのアップロードだけでAIに覚えさせる方法をご紹介しました。
しかし、就労継続支援B型などの実際の現場では、「マニュアル通り」にいかないことの方が圧倒的に多いですよね。そんな時、現場のピンチを救うのは、サービス管理責任者(サビ管)や公認心理師などの専門職が長年の経験で培ってきた「アセスメント力」や「見立て」です。
これらは言葉にしづらい「暗黙知(あんもくち)」と呼ばれるものですが、実はこの「専門家ならではの思考や見立て」も、AIに学習(インストール)させることができるのです。
「普通のAI」を「専門家AI」に変える魔法(プロンプト)
普通のAIに「利用者さんが急に作業を投げ出して怒り出しました。どう対応する?」と聞くと、「まずは落ち着かせて、ゆっくり話を聴きましょう」といった、当たり障りのない「一般論」しか返ってきません。これでは現場ではあまり参考にはなりません。
AIをあなたの事業所専用の「専門家」に変えるには、AIに「役割(ペルソナ)と前提条件」を最初に指示しておく必要があります。これをIT用語で「プロンプト」と呼びます。
難しく聞こえますが、要するにチャットの最初に「あなたは当事業所の公認心理師です。以下の視点を持ってアドバイスをしてください」と、AIの根底にルールを言葉で刻み込むだけです。
公認心理師の視点をインストールする:「BPSモデル」
では実際に、医療や福祉の多職種連携において世界的な共通言語となっている「バイオ・サイコ・ソーシャル(BPS)モデル」の視点をAIに設定してみましょう。
AIに対して、以下のような「プロンプト」を入力しておきます。
【AIへの指示の例】
生物学的要因(Bio): 睡眠不足、服薬の変化、気温による体調不良はないか。
心理学的要因(Psycho): 失敗への不安、認知の偏り、プレッシャーはないか。
社会・環境的要因(Social): 作業環境の騒音、対人関係、直前のスタッフの指示の分かりにくさはないか。
たったこれだけの指示を入れるだけで、AIの回答は劇的に変わります。
【具体例】「作業中、急にパニックになる利用者」への対応
実際に、現場の経験が浅いスタッフや外国人スタッフが、AIに相談する場面を見てみましょう。
【場面設定】 利用者のDさんが、作業の途中で急にパニックになり、道具を投げてしまった。
🤖 普通のAIの回答:
🧠 公認心理師の思考を学んだAIの回答:
【具体的な対応】まずは理由を問いただすのはやめましょう。安全を確保し、刺激の少ない場所へ誘導してください。落ち着いた後、作業の難易度(環境要因)を一段階下げる提案をしてみましょう。」
おわりに:公認心理師AIは「思考や見立てのツール」になる
いかがでしょうか。管理者や専門職が不在の時でも、この「公認心理師の思考を持ったAI」が現場にいれば、スタッフはいつでも多角的な視点で壁打ちができます。
特に今後、介護・福祉の現場に外国人スタッフが増えていく中で、彼らに日本の複雑な対人援助のニュアンスを伝えるのは至難の業です。しかし、このAIがあれば、母国語で質問しながら「表面的な行動の裏側を想像する」という専門的なアプローチを自然と学ぶことができます。
AIが専門職の代わりになるのではありません。AIが、経験の浅いスタッフの「アセスメントの視点を育てるための壁打ちのツール」となり、事業所全体の支援の質を底上げしてくれるのです。
次回予告と今後の展開
「事業所のマニュアル」を覚え、さらに「公認心理師の思考(モデル)」までも身につけたAIエージェント。彼らはもはや、単なるツールではなく「頼もしい同僚」と言えるレベルになってきました。
では、この優秀なAIエージェントたちを、実際の「人間のチーム」の中にどうやって迎え入れ、連携していけばいいのでしょうか?
次回は、AIという新しい同僚を含めたチームビルディングのお話です。
第27回:エージェントと共に働く。新しい「多職種連携」の形
第28回:セキュリティとプライバシー。エージェント導入の壁をどう越える?
第29回:人間とAIの役割分担。エージェント時代に求められる能力
どうぞお楽しみに!Next➤
