第18回:倫理とAI。専門職として「魂」を込める作業とは

AIの論理に、社会福祉士と公認心理師の「倫理」という息吹を吹き込む

AIの「完璧な提案」に足りないもの

ここまで、AIを「優秀な分析官」や「バイアス・チェッカー」として活用する方法をお伝えしてきました。客観的なデータ処理や新しい仮説の提示において、AIは間違いなく現場の強力なパートナーになります。

しかし、AIがどれほど見事で新しいアプローチを出力してくれたとしても、それをそのままコピー&ペーストして現場に適用することは絶対にできません。

なぜなら、AIが出力するテキストには、対人援助において最も重要な「倫理」と「責任」が含まれていないからです。AIの客観的で論理的な提案に専門職としての息吹を吹き込み、目の前の利用者さんの人生に寄り添う形にアジャストすること。それこそが、私たち専門職が最後に行う「魂を込める作業」です。


公認心理師の視点:「かけがえのない存在」としての尊重

AIの最大の強みは、過去の膨大なデータから「この傾向がある人には、このアプローチが有効」という統計的な最適解を導き出すことです。しかし、『日本公認心理師協会倫理綱領』の第2条には、次のように記されています。

「すべての人をかけがえのない存在として尊重する」

これは臨床の現場において、対象者を決して「診断名」や「カテゴリー」といったデータ(パターンの平均値)に還元しない、という強い戒めです。

AIが一般的な正解を提示したとしても、私たち心理職は「では、目の前にいる『Aさんという唯一無二の個人』の生い立ちや心の揺れ動きに、このアプローチはどう響くか?」と問い直します。データを鵜呑みにせず、徹底して個別性に寄り添い続ける姿勢。これこそが、AIには決して宿らない心理職の魂です。


社会福祉士の視点:「全人的な理解」と「自己決定の尊重」

一方、社会福祉士の視点からはどうでしょうか。日本社会福祉士会の倫理綱領(およびソーシャルワークのグローバル定義)には、AIの導き出す「効率的な正解」に待ったをかける、重要な原理が存在します。

それが「全人的な理解」「自己決定の尊重」です。

AIはしばしば、「最も効率的に課題を解決する最短ルート」を提案します。しかし、社会福祉士はクライエントを「身体的、心理的、社会的、文化的、スピリチュアルな側面からなる全体的な存在(全人的な理解)」として捉えます。テキストデータだけ解釈し、その人の文化や精神性を無視した効率化は、支援とは呼べません。

さらに、たとえAIの提案が客観的に見て100点満点の正解であったとしても、ご本人に別の意向があれば、社会福祉士は「自己決定の尊重」を盾にその正解を退けます。非効率で泥臭くても、本人が「このやり方で頑張りたい」と望むプロセスを保障し、その権利を擁護する。これがソーシャルワーカーの魂です。


「責任」という名のサイン(署名)を記す重み

AIは、個人情報を匿名化すれば、感情に流されることなく冷徹にデータを処理してくれます。しかし、その結果生じた支援の方向性に対して、AIは一切の責任を負いません。

個別支援計画の最後に、自らの手でサイン(署名)を記す。そして、その計画をご本人に自分の声と表情で伝え、「一緒にやっていきましょう」と約束する。この重圧と責任を引き受けることこそが、「魂を込める」という言葉の真意です。

AIが出した論理的な「100点の正解」を、目の前の人が受け取りやすいように、あえて60点にまでハードルを下げたり、言葉の温度感を調整したりする。この「倫理に基づく調整作業」にこそ、私たちの専門性が最も輝く瞬間があります。


迷い、葛藤し続けることの価値

業務効率化や生産性向上、時短は、就労継続支援B型をはじめとする福祉現場のDXにおいて非常に重要です。しかし、「倫理的ジレンマ(葛藤)」までAIに回答を求めてはいけません。

「AIはこう言っているけれど、本当にこれが本人の幸せに繋がるのだろうか?」 そうやって立ち止まり、悩み、スタッフ同士で議論を交わす時間。それは決して無駄な時間ではなく、私たちの支援者としての感性を磨き続けるための欠かせないプロセスです。AIという圧倒的な効率化ツールを手に入れたからこそ、私たちはより深く、人間としての「倫理」に向き合うことができるのです。

次回(第19回)は、いよいよ第2フェーズの最終回。「AIという鏡。自分自身の専門性を再発見する第2フェーズを終えて」です。これまでの対話を振り返りながら、AI時代における私たちの存在意義を総括します。Next➤

Hidefumi Kikuchi/CPP

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